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大阪地方裁判所 昭和39年(わ)3623号 判決 1965年2月25日

被告人 大久保春男、大山義男こと呉永在

昭一一・一・一一生 雑役夫

主文

被告人を懲役三月に処する

理由

犯罪事実

被告人は昭和三十九年七月四日午後二時四分頃大阪市港区田中元町四丁目所在大阪見本市恒久展示場で開催中の中国国際貿易促進委員会が主催する中国経済貿易展覧会々場二号館一階計器展示場の南側の壁に掲示してあつた「われらとともにある毛沢東主席」と題する写真(縦二、七一メートル、横二、三五メートル大で毛沢東主席が労働者と歓談中のもの)附近に於て主催側説明員が参集した観客を前に展示品等の説明中かかる展覧会場に於て掲示中の中国の指導者たる毛沢東主席の写真に物を投げる等してこれを汚損する時はそれが為に展覧会の業務を邪魔する結果となることを十分認識しながらその結果の発生を何等意に介することなく、あえて所携の生鶏卵一個をこれが中央に投げつけて汚損した為に前記説明員の説明を一時中断させ観客を驚きの余り立ちすくませる様な結果を導いたのみならず観客に不快の感を与へ主催関係者をして展示会業務の進行に付不安の念を増さしめて以て威力を用い前記中国国際貿易促進委員会の業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

累犯前科

被告人は(一)昭和三十三年十二月二十五日岡山簡易裁判所に於て横領罪により懲役十月に、(二)昭和三十六年四月二十五日大阪簡易裁判所に於て窃盗罪により懲役三年に各処せられ当時孰れも右各刑の執行を受け了つたもので右の事実は被告人の当公廷に於けるその旨の供述並前科調書の記載により明白である

適条

判示所為は   刑法第二百三十四条第二百三十三条

累犯加重につき 刑法第五十九条第五十六条第一項第五十七条

弁護人の主張に対する判断

弁護人林三夫は写真に生卵をぶつけたゞけでは威力に当らないと本件第三回公判調書末尾添付の昭和二八年一月三〇日最高裁判所判例を引用して主張するので此の点に就ての当裁判所の見解を述べることとする。

一、先ず刑法第二百三十四条威力業務妨害罪に於て「業務妨害」とは具体的な個々の現実に執行している業務の執行を妨害する行為のみならず被害者の当該業務に於ける地位にかんがみその遂行すべき業務の経営を阻害するにたる一切の行為を指称し現実に妨害の結果を発生せしめたことは必要としない(前記最高裁判例・大判昭和一一年五月七日一五巻五七三頁・大判昭和二年七月二十三日六巻二七五頁参照)。

然るに本件に於て判示の如く説明員の説明を一時的に中断せしめる程度で終つたことは警備の警官の手際よい処置による最少限度の業務妨害に止まつたもので仮に警官等の処置に欠くる処があつたならば当時の本件現場に於ける客観的情況からして会場が混乱し展示業務の遂行に多大の支障を来たしたことは想像に難くないのみならず本件行為のみによつても主催者側の爾後の業務の継続に一層不安の念を強からしめたものであつてこれ正に「業務妨害」に該当すること明白である。

二、尚「威力」とは弁護人引用の最高裁判例の通り「犯人の威力、人数及び四囲の状勢より見て被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力と解するを相当とするものであり且つ右勢力は客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足るものであればよいのであつて現実に被害者の自由意思を制圧されたことを要するものでない」と解される。

弁護人は映画俳優等の看板写真にいたずら書をしてもそれは写真を汚損したにとゞまり「威力」とは云えないと云うのであるが、前記判例の趣旨はそれが威力となるか否は四囲の状勢から見て客観的に被害者の自由意思を制圧するに足るものであるか否により判断されるものであり、弁護人の主張の如く映画俳優の看板写真の汚損自体が「威力」であるか否は結局その写真の在る場所或は在つた場所の当時の雰囲気等により判断さるべきものである。飜つて本件を見るに日本国内に於ては日中貿易促進を唱へる勢力又之に反対する勢力のあることは公知の事実である。従つて本件の如き所謂中共見本市に於て東京に於けるが如く反対勢力とおぼしき者による妨害行為があり関係者は対外的な問題であるとして心をいため万一に備えて警察官の配置を要請し緊張裡に展示会が開かれたのである。かかる場所でかかる雰囲気の中で一俳優の写真ならばいざしらず隣国中共の指導者として国民の尊敬を受けている毛沢東主席の写真に生鶏卵を投げつけて之を汚損することはまことに無礼な行為であり古来礼を重じる日本国民に不快の感を与へるもので当時の心ある観客におそらくかかる感をいだかしめたものと思料する。従つて前記の如き緊張且つ平穏裡に行われていた会場に於ける本件犯行は現実に短時間とは云へ説明員の説明を中断させ観客を驚きのあまり立ちすくませ、且つ主催者側の展示業務の継続につき一層不安の念を強からしめたものであつて、かかる状勢下の被告人の本件行為は被害者の自由意思を制圧するに足る勢力と云うべきであるから威力業務罪に於ける「威力」に該当し此の点弁護人の主張は採用出来ない。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 森山淳哉)

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